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甲賀三郎「羅馬の酒器」(3) 

■ 甲賀三郎「羅馬の酒器」(3) ■

     老執事

 阿久津老人は、相変らず慇懃《いんぎん》に小腰《こごし》を屈
めて、足音を立てずに滑るように這入って来た。この老人は岩雄が
当家《ここ》に引取られる以前から、この半沢家に来て、それから
二十余年、全く一日のように勤めているのだ。彼は今だに岩雄の事
を坊ちゃんと呼んでいる。幼い時からよく面倒を見てくれた老人だ
が、何故か岩雄はあまり好きになれなかった。

「伯父さまは、どの辺で本を読んでおられた?」
 岩雄は阿久津老人の顔を見ると、突然そういって訊いた。
「は」阿久津老人は岩雄の様子が少し変なので、ハラハラした態度
で、「この辺でございました」と、本棚の前を指《ゆびさ》した。
「安楽椅子に掛けて、本を読んでらしたのだね」
「はい、さようでございます」
「眼鏡を掛けてらしたろうね」

「は」老執事は一寸《ちょっと》過去の事を思い出そうとするよう
に眼を据えて、「掛けてお出《いで》になりましたと存じます」
「その眼鏡はどうなった」
「は」
 阿久津老人は意外の質問といわんばかりに、岩雄の顔を見守って
きょとんとした。

「どうした」岩雄はもう一度鋭く訊いた。
「は、はい、ど、どうも、それは――」
 岩雄はドギマギする阿久津老人を睨みつけたが、
「伯父さまのお亡くなりになった時の事を、もう一度委《くわ》し
く話して御覧。夜の九時頃だといったね」
「はい、九時十分過ぎでございました。突然お書斎の方で、ドサン
というひどい音がいたしましたので、丁度自分の部屋に退《さが》
っておりました私は、驚いて飛出しました。お書斎の前に参ります
と、英吉さまと里枝さまが、お這入りになろうとしておられる所で
――」

「里枝さんが、英《えい》兄さんと一緒だったんだね――」
 岩雄は自分でも吃驚《びっくり》するほど激しい調子でいった。
 阿久津老人は岩雄以上に吃驚して、岩雄の顔を見上げたが、
「先日も、その通りお話申上げましたと存じますが――」
「うん、聞いた」
 伯父が死んだ日に丁度里枝が来合《きあわ》していた事は、阿久
津老人からも聞いたし、里枝からも聞いていた。しかし、岩雄は里
枝の名を聞くと、何がなしに昂奮を覚えるのだ。岩雄はこの女のた
めに、ロンドンヘ逃げ出したのだ。英吉との三角関係に堪えられな
くなって、日本を去ったのではないか。

 岩雄は弁解するようにつけ加えた。
「一寸、他の事を考えていたもンで。それからどうした?」
「英吉さまと、里枝さまがお這入りになりました後から、私も大急
ぎで部屋の中に這入りました。すると、あの大きな本棚が、安楽椅
子にお掛けになっておりました旦那さまの背後《うしろ》から倒れ
かかっておりましてもうどうする事も出来ません。大旦那さまは後
頭部をめちゃめちゃになさいまして――御即死でございました」


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[2006/03/18 07:09] [エンタメ全般(書籍・音楽・映画等)]テキストファイル化騎士団 | トラックバック(-) | コメント(-)




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